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備前焼と信楽焼の違い|土・色・見分け方
備前焼と信楽焼は、どちらも釉薬を使わず絵付けもしない日本六古窯の古い焼き物で、見た目が似ていても見分けの起点は土にあります。備前は岡山県備前市伊部の鉄分が多い細かな「ひよせ」、信楽は滋賀県甲賀市信楽の長石や珪石を含む荒い土を使い、その差が赤褐色の締まった肌と、火色やビードロが出る荒い肌を分けるのです。
信楽焼と備前焼の違い|土と窯変で見分ける
信楽焼と備前焼は、どちらも釉薬をかけずに土と炎だけで焼き締める日本六古窯のやきものです。信楽焼は滋賀県甲賀市で古琵琶湖層由来の粗い土を使い、備前焼は岡山県備前市の鉄分の多い干寄を登り窯で10〜14日かけて焼き上げるため、見た目は似ていても土の性質がまったく異なります。
備前焼の陶印・落款で作者を見分ける読み方
備前焼の作者調べは、古道具店の棚で底を上に向けて並んだ器を一つずつ手に取り、小さな印を目で追うところから始まる。備前焼とは、室町期頃から江戸末期にかけて共同窯の中で焼かれた作品に、陶印や窯印が残ることのある焼き物である。
高級な焼き物ランキング|価値が高い陶磁器の理由
曜変天目茶碗は、宋代中国で生まれた国宝級の焼き物で、現存が世界で数点しかない別格の存在です。美術館の展示室でその深い黒釉のきらめきを見たあとに古伊万里や鍋島、さらに現代の作家ものを見比べると、価値は断絶ではなく連続でつながっているとわかります。
焼き締めと土肌|釉薬を使わない焼き物の用語
焼き締めは、釉薬をかけずに1100〜1300度の高温で焼き上げることで、土そのものを器として成立させる陶器です。5世紀ごろに須恵器とともに朝鮮半島から伝来した焼成技術を源流に持ち、備前や信楽に受け継がれてきました。
日本三大紬|大島・結城・牛首の違い
日本三大紬は、結城紬と大島紬が定番で、三番目は牛首紬を挙げるのが一般的だが、塩沢紬や上田紬を含めて語られることもあります。結城紬は茨城・栃木、大島紬は鹿児島県奄美大島、牛首紬は石川県白山市と産地もはっきり分かれ、まずはこの揺れを整理しておくと迷いません。
日本六古窯とは|6つの産地の特徴を比較
日本六古窯とは、越前・瀬戸・常滑・信楽・丹波・備前の6産地を指し、中世から現在まで生産が途切れない代表的な陶磁器産地の総称です。古陶磁研究家で陶芸家の小山冨士夫が1948年頃に名づけたこの分類は、「なぜこの6つなのか」という疑問に答えるところから見えてきます。
金継ぎとは|割れた器を漆で直す技法と始め方
金継ぎは、割れや欠け、ひびの入った器を天然の漆で接着し、下地を整えたうえで継ぎ目に金粉を蒔いて仕上げる、日本の伝統的な修復技法です。15〜16世紀の室町期に茶の湯と結びついて広まり、傷を隠すのではなく景色として活かす発想が、この技法の核になりました。
九州の焼き物産地11選|有田・唐津から名窯を地図で
九州の焼き物は、有田・伊万里・唐津・波佐見・三川内・小石原・上野・高取・小代などが密集する、日本屈指の産地群である。16世紀末の朝鮮出兵で各藩が陶工を連れ帰り、藩ごとの保護と産業政策が重なったことで、偶然ではない歴史の流れとして個性ある窯が枝分かれした。
京焼・清水焼とは?特徴・歴史・窯元と見分け方を徹底解説
京焼・清水焼は、京都で生まれた陶磁器の総称であり、安土桃山時代の茶の湯の興隆を背景に発展した工芸です。1605年に文献へ初出し、江戸時代には粟田口焼や音羽焼が並び、1644年頃に野々村仁清が色絵陶器を大成し、1699年には尾形乾山が鳴滝に窯を開きました。
九谷焼の特徴と五彩|古九谷と再興九谷の見分け方を徹底解説
九谷焼は、明暦元年(1655年)に後藤才次郎が石川県九谷村で開窯した色絵磁器です。赤・黄・緑・紫・紺青の九谷五彩を軸に、古九谷と再興九谷、さらに明治期の彩色金欄手へと展開してきました。
唐津焼とは?特徴・種類・見分け方をわかりやすく解説
唐津焼は、佐賀県唐津市を中心に育った日本の陶磁器で、1580年代の岸岳山麓での開窯を起点に発展した焼き物です。文禄・慶長の役で渡来した朝鮮人陶工が、蹴轆轤や登り窯、釉薬の技術を伝えたことで、茶陶としての地位を高めていきました。